勉強ができるのはすごい、できないのはだめ

この価値観は私たちに強く刷り込まれていて、勉強ができない子は卑屈になりやすいです。

 

できなくたっていいんですよ。そんなことで卑屈になる必要はありません。でも「どーせできないから」「やったって無駄だから」「つまんねーから」とかいって無気力になるのはよくありません(別のところでエネルギーを使うならばいいです)。少しでもより良くしようとする姿勢は大事なんじゃないかと思います。その姿勢が大事。現時点のレベルの高い低いはどうだっていいのです。

 

 

レベルが高い低いって相対的なものです。

私もこうやって偉そうに教える仕事をしていますが、上のレベルを見るとすごい人がたくさんいます。よりよくありたい、自分を高めたいと思ってたくさん勉強して、すごいと思う人に会っていますが、勉強すればするほど、人に会えば会うほど、低レベルな自分に気づくし、全然上の人に及ばないなあと思わされます。

そこで「自分はなんてダメなんだ」と歩みを止めていたら、現状が改善することは一切ありません。自分の人生をよりよくすること、自分をより幸せにするのは、自分しかいないのだから、レベルが低くたって自分なりに成長しようという気持ちが大事だと考えています。

 

私は、かなり低レベルです。あなたも低レベルです。

私は、よりよくあろうとしていて、あなたもよりよくあろうと努力している。

 

これでいいではないですか。同志ですよ。

こういう人が塾に来てくれるのは私はうれしいです。よりよくあろうと努力しない人が来てもらっても困るので。ミラーニューロン効果がマイナス方向に働いてしまいます。よりよくあろうと努力する人が来てくれたら、プラス方向に働きます。

 

昨日も言いましたが、ダメがダメなりに頑張っているのが尊いのです(こうやって自分を守っている部分もある。でもこの言葉を言っていると勇気づけられませんか?私は「自分はダメだけど頑張っているから尊いんだ!」なんてよく言い聞かせています)。

ダメが何もしていなかったら、本物のダメになってしまうので、昨日よりも今日が0.1mm成長するようにやっていきましょう。ダメな自分を否定する人が出てくるかもしれませんが、気にする必要はありません。僕らは僕らのやるべきことをやっていこう。